『時間は存在しない』と『ビジョナリー・カンパニー』を読んだ。

Toru Hisai
6 min readApr 1, 2020

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『時間は存在しない』はカルロ・ロヴェッリというイタリアの物理学者が時間とはなんなのかをいろいろな視点から大真面目に解説した本だった。

物理法則のほとんどは実は時間の向きを逆にしてもそのまま成り立つ。相対性理論を考えに入れると、そもそも絶対的な時間というものがなくなってしまって、場所によって時間の進み方が違うので遠く離れた場所にいる人と時計を合わせることもできない。

この世界の出来事は、英国人のように秩序立った列は作らず、イタリア人のようにごちゃごちゃと集まっているのだ。

古典的な物理学の中で時間の向きが関係するのは熱力学第二法則だけだ。これはエントロピー増大の法則ともいう。でもこれは、熱という現象を巨視的にみた時にしかみられない量で、気体分子のひとつひとつをミクロの視点でみるとこの法則は意味を持たなくなる。エントロピーは、我々が熱現象を観察したときのある種の「ぼやけ」に関する量だ。

わたしが経験している時間の経過、この生き生きしていて基本的で実体を感じられる印象が、自分にはこの世界をとことん細かいところまで把握することができないという事実の帰結でしかないなんて、そんなことがあり得るのだろうか。

しかしこれが量子力学になると少し話が違ってくる。量子力学だとある量と別の量を観察する時に、その順番によって結果が変わってくる。典型的なのが位置と運動量で、先に位置を測定してから運動量を測定するのと、その逆の順番で測定するのでは結果が異なる。これは、これらの量の非可換性によるもので、これによって量子論的なミクロなレベルでは物事に順序が付けられ、それによって過去と未来を区別することができる。

この非可換性は、量子力学の特徴となる現象の一つであり、それによって二つの物理変数が確定する際の順序が決まり、その結果、時間の芽が生まれる。

(最近これについて、別の量子力学の本で読んだところだったので、ちょっと面白いと思った。量子力学では物理量は作用素(operator)という不思議な概念で表されていて、状態ベクトルに作用素を適用することで、結果の物理量の確率分布が出てくるというものすごく回りくどいことになっている。で、位置と運動量を表す作用素は可換でないとは、それらの作用素を X と P と書いた時に XP と PX が等しくないことをいう。ちなみに古典力学だとこれらは等しくなる。)

物理的な説明も面白かったけど、そのあとで古代ギリシャから現代までの時間に関する哲学や思想を辿って我々にとって時間とはなんなのかを深く掘り下げて考えるところが面白い。時間の流れは人間の記憶を作り、それはセンチメンタルな気持ちとリンクするので、表現がいちいち詩的で素敵なのが良かった。

おそらく、時間に対する感情の高ぶりこそが、わたしたちにとっての時間なのだろう。

一般向けの自然科学の解説本でありながら詩的な物といえばカール・セーガンの本を思い出す。ぼくは高校生の時に何冊もセーガンの本を読んだので、少しだけそのときの気分を思い出した。

『ビジョナリー・カンパニー』はビジネス書としてはかなり古典だけど、前に働いて会社にあった本をシェアする棚で見つけて読み始めた。結局その時には読み終わらなかったので、改めて Kindle で書いなおして読んだ。

この本でビジョナリーと言っているのは、単に創業者が壮大なビジョンを持っているということだけではなく、100 年かそれ以上続いていて何度かのトップの入れ替えを経験し、何度かのひどい失敗も経験しながらも、現代までちゃんと続いているような会社を指す。そしてそれらの会社に共通していることを膨大な資料にあたってまとめたすごく中身の濃い本だった。

ビジョナリー・カンパニーのいくつかは、よく言われるような成功するビジネスの法則みたいなものに全く当てはまってないのが面白い。ソニーやユーレット・パッカードは、はじめはこれといって明確な製品のアイディアもなく会社を始めたらしい。

ビル・ヒューレットとデーブ・パッカードは、最初に会社をはじめることを決め、そのあとで、何をつくるかを考えた。

ソニーも最初は迷走していた。

それどころか、井深大と七人の社員は、会社がはじまった あとで、どんな製品をつくるか、意見を出し合った。

極め付けは 3M だ。

3Mは設立早々、研磨材原料の採掘事業が失敗に終わり、投資家の手には、「二株で安酒場のウィスキー一杯分」の価値しかなくなった株式が残った。

しかし、ビジョナリー・カンパニーはものすごく大きな目標を立ててみんなのやる気を掻き立てる。その中でもボーイングの 747 の話は印象深かった。

例えば、B747は信じ難いほどリスクが高いプロジェクトだったが、その過程で、ボーイングは製品の安全性を最優先する基本理念を維持しており、民間用航空機の開発には例がないほど、厳しい安全基準を適用し、テスト、解析を行っている。

ビジョナリー・カンパニーは絶えず新しいことに取り組んで常に進歩し続けるという特徴が見つかったそうだけど、その中でもアメックスの話は面白かった。

アメリカン・エキスプレス(アメックス)は一八五〇年に地域小荷物会社として発足した(小口輸送サービスの一九世紀版であった)。

アメックスはそのなが示すように、もともとは運送屋さんだったのだ。それがなぜ今のようなクレジットカードの大手になったかというと、幹部の一人は旅先で現金を手に入れるのが難しくて困っていたことが発端だったらしい。

買ったときにサインをし、現金化の際にもう一度サインすればすむみごとな方法を考え出し、この「アメリカン・エキスプレス旅行小切手」がやがて、世界のどこでも通用するようになる。

他にも人に教えたくなるようなエピソードがたくさん書いてあってキリがないくらい。よくあるような経営者向けのノウハウ本とは全く違う内容だった。

手軽なノウハウ本に成功の秘訣を求めるというのは、ビジョナリー・カンパニーがこれだけはやらないことである。

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